――視線を感じる。
カエンは不審そうに辺りを見回した。すっかり日の暮れた境内に立ち並ぶ明るく賑々しい夜店の列。その間を思い思いに回遊する老若男女。その中から、時折視線を肌に感じるのだ。それはどうも一つではなく、人とすれ違うたびちらちら投げかけられているように思う。その元と理由を探ろうと意識を配るカエンの耳に、子供の声が飛び込んだ。
「おい……手ぇ繋いでるぜ」
「うわ。中学生ぐらいっぽいのにな」
固まるカエンに追い打ちをかけるように、くすくすと笑い声まで残して子供達は人ごみに消えた。
「……なっ!!」
精神年齢は幼児並みだが、確かに今のカエンの外見は十二・三歳の少年のもの。それが保護者に手を引かれて祭り見物する様は、子供達の嘲笑を買うのも無理もない。
「はは離せっ!」
顔を真っ赤にして姿月と繋いだ手を振り回す。しかし姿月は聞いているのかいないのか、にこにこしながら一層強くその手を握った。
「な、離せと言うに! くそぅあのこわっぱどもめ覚えておれ。後で見つけ出して喰っ…いたいいたいいたいいたいいたい!!!」
言葉は途中から悲鳴に変わる。
「オマ、ちょ、下駄ッ。下駄で足踏んでッ」
「人ごみの中で不穏当なことを言う天罰です」
「い、いや、天罰って、オマエが」
姿月はそ知らぬ顔でくじ引き屋の景品の模造刀など眺めている。
――く、くそう。元はと言えばコイツが手を繋ごうなどと言い出しおったから……
そこでカエンは、突如稲妻に打たれたかのように目を見開き顔を上げた。
――そ、そうか! これはオレサマに恥を掻かせようとする姿月の罠……ッ!!
大喜びでその手を引っ張ってここまで走ってきたのは自分だということは完全に記憶の外らしい。カエンはぶつぶつ呟きながら思索の世界に入り込む。
――ふ、ふふ。面白い。そっちがその気ならこちらも眼に物見せてくれるわ。覚えているがいい。必ずや吠え面かかせてくれる。そうだな、どうしてくれようか。よし。いい方法を思いついたぞ。来年は少女姿で祭りに来てやろう。そして思いきり可愛らしく『おにいちゃんっ』と姿月を呼んで手を繋いだりべたべたしたりいちゃいちゃしたりしてやるのだ。さすれば奴は周囲からロリコン変態野郎として白い眼で見られること間違いなしッ! すごいぞオレサマッ! 完璧な計画だッ!! 姿月よ思い知るがいいそしてオレサマに跪くのだッ!!
「ふ、ふははは、うわはははははははははッ!!」
人ごみのど真ん中で突如馬鹿笑いを始めたせいで一層人々の注目を集め、先程以上に姿月と繋いだ手を見ては笑われていることをカエンは知らない。
そして来年は姿月が『急用』で祭りに来れなくなり、代わりに来たコノハナに『がさつで出来の悪い妹の面倒を見る美人で出来の良い姉』を演じられて大層面白くない思いをする羽目になることも、カエンはまだ知らない。
そんな一匹の小鬼をよそに、祭りの夜は平穏無事に更けていく。